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倉内均のエッセイ 第71回〜第80回

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●第71回 アマゾンラテルナ作品6冠受賞
●第72回 『Pina』3D
●第73回 追悼 ローラン・プティ
●第74回 『サルベージ・マイス』公開
●第75回 韓国の土となった日本人
●第76回 ふたつの「日韓映画」
●第77回 『サニー ~永遠の仲間たち』
●第78回 『LIGHT UP NIPPON』~人びとが動く、ということ
●第79回 放送文化基金賞
●第80回  『放課後ミッドナイターズ』公開




【第71回】アマゾンラテルナ作品6冠受賞

5月28日。「第20回日本映画批評家大賞」授賞式が行われた。今年は震災の影響もあり、会場を山梨県甲斐市にある日本航空学園の大講堂に移して、一般の方々や被災地の方をお招きしての授賞式だった。
この映画賞はその名の通り、映画批評家が審査委員となって作品を選出するものだ。アメリカでは「ニューヨーク映画批評家賞」、「ロザンゼルス映画批評家賞」、「全米映画批評家賞」など映画批評家によって選ばれる賞が存在するが、日本では数多くの映画賞があるなか、厳しくかつ映画への愛情に満ちた批評家の目で選ばれる唯一の批評家賞である。

今回、幸運なことにアマゾンラテルナが製作し、昨年公開した2本の映画が受賞した。
先ずは『春との旅』(監督・小林政広)。<作品賞>、<ダイヤモンド賞・仲代達矢>、<新人女優賞・徳永えり>、<撮影監督賞・高間賢治>、<編集賞・金子尚樹>となんと5部門での受賞である。
年老いた祖父と孫娘が、身寄りを求めて北海道から東北各地の親族を訪ね歩くロードムービーであるこの映画は、エモーショナルな移入を排除した冷徹な視線で描ききった小林監督の脚本・演出と、観る者を圧倒する仲代達矢さんの
存在感、徳永えりさんの渾身の演技が心に残る傑作だった。
また、この映画は全編ロケーションで撮影されたが、舞台となった気仙沼の風景は震災で跡形もない。かつての姿を残す映像ともなっている。
ハリウッド製の作風が横行しヒットするいまの日本映画界にあって、この作品は小津安二郎や稲垣浩、伊藤大輔、黒澤明、木下惠介といったすでに戦前に完成された日本映画の伝統を確実に受け継いでいる。本来の日本映画のあり方
を示したともいえるだろう。6月上旬に開かれるスペイン・グラナダ映画祭にも招待されるなど、現在欧米各地の映画祭が注目する映画となっている。さらに6月8日から北京で行われる「日中映像交流事業」では、東日本大震災の被
災地を訪問した温家宝首相出席の元で、オープニング上映される予定だ。

もう一作は、『日本のいちばん長い夏』(監督・倉内)。「20周年特別作品賞」の受賞である。受賞理由に「『日本のいちばん長い夏』は、娯楽性だけでなく、これからの映画の可能性を拓き、長く残すべき映画作品」とある。
本作はアマゾンラテルナとNHKが制作費を分担した「国内共同制作」の最初の事業として、昨年7月に放送され、8月に劇場公開されたものだ。デジタルで撮影され、デジタル・ハイビジョンで放送、デジタルスクリーンで上映さ
れたこの作品は、今後のマルチユースによるコンテンツ流通を見据えて取り組んだものだ。本年7月の完全デジタル化以降、わたしたち制作者は新しい映像のフィールドに立つ。
テレビ、映画の可能性にチャレンジしていきたい。

(2011年6月)



【第72回】『Pina』3D

ヴィム・ヴェンダース監督の新作3D映画『Pina』を見た。
ドイツのバレエダンサーであり振付家のピナ・バウシュとピナが率いるヴッパタール舞踊団のダンスを3Dで撮影した作品だ。
わたしのなかで3D映画の嚆矢とするのは『U2 3D』で、コンサート会場を埋めた数万の観衆がひとりひとりの人間として立ち上がってくるその映像に驚嘆したものだが、『Pina』は、“愛情を感じる衝撃作”といったところだ。

この映画は、クランクイン直前の2009年6月にピナが急死したため、舞踊団のダンスは3Dだが、ピナ自身へのインタビューは過去映像の2Dと、混合した組み合わせとなっている。結果的に、この組み合わせはなかなか妙で、ピナのインタビュー(2D)に端を発したダンス(3D)というふうにとらえると、想念から肉体へ、抽象から具象へと
わかりやすい形で身体が現れてくるのを見ることができる。そして、人間の身体がこれほどまでに雄弁で、正確で直接的な言語を紡いでいることに驚く。
映画は、劇場のステージ上でのダンスシーンから始まるが、やがてダンサーたちは外へ飛び出て街に繰り出し、モノレールの車中で、工場のなかで、はたまた峡谷の断崖や森の中でと踊りつづける。みるみる変わる場所でのダンスはもうそれだけで圧巻で、あらゆる空間で肉体が躍動するさまはとても自由な気分にさせる。

さて、この作品が用いている3Dだが、これまで多くの映画で多用されてきた飛び出し効果はほとんど皆無といってよいほど抑えられていて、むしろ適度に案配されている奥行き効果が施されている。ひとつひとつのパフォーマンスには、都市と人間、組織と人間あるいは集団と個、自然と人間などのテーマを感じさせるが、対立概念としてではなくむしろ融合に近づこうという愛情さえ感じられる。したがって、けっして難解な映画ではなく、ごくナチュラルな世界観を示しているように思う。わたしは見ながら何度となくニンマリしたが、この映画に心地よさを感じるのも、人間(ダンス)と世界(背景)との間のほどよい距離感が3Dによって作られているからなのだろう。
見終わって、わたしは刺激を受けた。 『Pina』は、ダンスを3Dで撮影したおそらく世界初の映画だと思う。ヴェンダースならずともわたしも、あるダンス振付家の作品を3Dで撮りたいと思っている。

(2011年7月)



【第73回】追悼 ローラン・プティ

7月10日、ローラン・プティさんが亡くなった。87歳だった。
わたしが、この世界的な振付家と会ったのは2003年のことだった。かれの人生の集大成とも言えるドキュメンタリー『ダンスの冒険者、ローラン・プティ』を演出した。
プティの振付家としての60年にわたる作品を総覧しながら、クラシックから『デューク・エリントンバレエ』などのジャズ、『ピンク・フロイドバレエ』などのロックへとひとつのジャンルにとどまることなく越境してきたその背景に、異文化が交錯するパリという都市を浮かび上がらせようとする番組だった。

1924年パリに生まれたプティは20歳のとき、ナチス占領からの解放を待っていたかのように最初の振付け作品『旅芸人』を上演する。
登場人物はサーカス一座の道化、曲芸師、シャム双生児と、それまでの上流階級のためのバレエには決して登場することはなかった見世物小屋の芸人たちだった。そこに、戦後の大衆文化の到来を予感するプティの革新性があった。
ナポレオン・ボナパルト以来の都市化にともなって、国籍を超えたさまざまな芸術家が集い、かれらは結びつき、パリは伝統を打ち破る新しい文化の発信地となっていった。プティの仕事仲間をみると、パリがいかに「越境都市」だったかがわかる。ジャン・コクトー、ピカソ、ベラール、マリー・ローランサン、サガン、イヴ・サンローラン、ハナ
エ・モリ、デューク・エリントン、サティ、そしてピンク・フロイドといったひとたちとの交流がプティ作品を形成している。
「ダンスは宗教であり、愛であり、交流の技であり、つまり、ダンス自体が魔術なんだ」
異文化同士の交流が時代を拓く。このことは、いまデジタル化という越境性の中にいるわたしたちに切実なテーマでもある。

プティさんとのドキュメンタリーが終わって、かれは次は日本のものをやりたいと言った。わたしは『東海道四谷怪談』の歌舞伎台本の英語翻訳をプレゼントした。ローラン・プティの生涯のテーマである愛と死の物語として格好だと思った。結局、存命中には実現しなかったが、いまごろあの世で昔の仲間と語らいながら振付けしている姿を
わたしは想像する。

(2011年8月)



【第74回】『サルベージ・マイス』公開

アマゾンラテルナが製作した映画『サルベージ・マイス』が完成した。監督は『仮面ライダー』劇場版や『小さき勇者たち~ガメラ~』で知られる田崎竜太、プロデューサー兼アクション監督はアマゾンラテルナの西冬彦が担当した。
5月にオール広島ロケで撮影されたこの作品は10月22日広島県内7館で先行公開され、その後全国に展開する。
主演は、いま注目株である21歳の女優、谷村美月と空手歴10年、映画初挑戦の15歳の長野じゅりあ。ふたりの若い女性が縦横に活躍する空手アクション映画だ。
女性によるアクションは、前作『KG』同様、男性のそれとはまた違った趣が醸しだされて、美しさが際立つ。高さのある跳躍や隙のない型はダンスに通じ合う身体表現としての美しさがある。そこにわたしに惹かれる。
空手やアクションの門外漢であるわたしにできるのは、身体運動としての強さや美しさがどこから生まれるのか、根源を考えてみることだ。贅肉をそぎ落とし無駄のない身体であろうとする不断の生活努力といったことである。たとえば、必要以上に摂らない食生活や規則的な運動を実践する、質実の暮らし方をわたしはイメージする。
これはまさしくエコの思想といっていいのではないだろうか。とすれば、日本の武道の生き方は地球的課題と結びついたエコ・モデルとして世界に認められていくにちがいない。
日本有数の武道道場では、近年、外国人の道場生が増えていると聞く。強さを生みだす精神を探求するには、日本の風土や文化のなかでの生活を体験するという考えが海外にも広がっている一例だろう。
日本の食文化を世界遺産に、という最近の発信も世界的な問題であるエコが意識されている。
映画のなかで、長野じゅりあが演じる空手の達人女子高生が、広島をゴミのない街にするボランティア活動をしているという設定は、これまでのアクション映画にはなかった新しいテーマを浮上させるし、なにより未来を生きる若い日本人女性が主人公であることにメッセージがある。

もうひとつ、今回の製作スキームについて述べたい。
この映画は、広島ホームテレビ、キングレコード、そしてアマゾンラテルナの三社の出資によって製作委員会が組成されている。
地方の放送局が系列の一員として映画へ製作出資する例は珍しくないが、今回広島ホームテレビは単独でわたしたちの企画に賛同し、製作に参加していただいた。広島での撮影期間中、毎日のように番組で取り上げ話題をつくっていただいた。また、局舎のスタジオやアナウンサーの方々も本編に登場、さらには宣伝体制に全社的な力を注いでいる。
おかげで、10月22日の広島先行公開では7劇場同時という例のないスタートとなる。
こうした、地方局との映画の共同製作事業を今後も展開していきたいと考えている。全国17サイトのティ・ジョイと連携をもつアマゾンラテルナの強みでもあり、ミッションでもある。
そのために、『サルベージ・マイス』を成功させたい

(2011年10月)



【第75回】韓国の土となった日本人

アマゾンラテルナ制作映画『道~白磁の人~』がまもなく完成する。
この映画は、戦前、日本の植民地であった朝鮮に渡り、当時美術品としては顧みられることがなかった庶民の生活で使われた白磁の器をこよなく愛し、その美しさを日本に伝えた浅川巧(1891~1931)の生涯を描く。
映画は、浅川巧が23歳で朝鮮総督府の林業試験所に林業技師として赴任するところから始まり、40歳という若さで志半ばに倒れ亡くなるまでの、家族の絆と朝鮮の青年との友情を中心に描かれる。
浅川巧は、朝鮮の人たちに隔たりなく接し、決して高くない月給から貧しい子供たちを学校に行かせた。巧の葬儀では朝鮮の人たちが競って棺を運ぶというほど、彼らの尊敬と親しみをもたれた男だった。いまもソウル近郊にある巧の墓には「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」という碑文が刻まれている。
巧の生まれ故郷、山梨県北杜市の有志の方々の間に映画化の動きが起こったのが2004年というから、7年越しの実現となった。
原作は、江宮隆之氏の『白磁の人』(河出書房新社刊)。
監督は高橋伴明、脚本が林民夫。制作とプロデューサー(紀伊宗之、小川勝広)をアマゾンラテルナが担当している。
主演の浅川巧役に吉沢悠。朝鮮の同僚技師、李青林役には『華麗なる遺産』や『朱蒙チュモン』、『トンイ』で知られるペ・スビン。二人の、植民地における支配と被支配、民族の壁を超えた友情が静かに、しかし熱く演じられる。

これまで、日本統治時代の朝鮮半島を舞台にした映像作品はほとんどなかった。民族的な感情が長い間それを阻んできた。今回の制作は、そのほとんどを韓国ハプチョンやブアンにあるオープンセットを使って日韓共同スタッフで撮影され、VFX制作や編集・録音も韓国CJPower Cast で仕上げ作業が行われている。
戦後66年、植民地支配の終わりから66年、わたしたちがこの映画を日韓共同で実現できたことは誇りである。

10月、わたしたちの映画はKOFIC(韓国映画振興委員会)の、製作費の一部を支援する「ロケーションインセンティブ」として、外国映画としては初の対象作品と決定した。KOFICが立ち上げたこれらの外国映画に対する支援制度は今後ますます日韓共同による映画製作が促進されるだろう。わたしたちも積極的に韓国での製作を進めていきたいと思う。
『道~白磁の人~』は、2012年初夏、日韓両国で公開される

(2011年11月)



【第76回】ふたつの「日韓映画」

アマゾンラテルナが関わる二本の映画が公開される。
CJ Entertainment Japan と東映の共同配給作品『マイウェイ12,000キロの真実』(1月14日公開)とアマゾンラテルナ制作作品『道-白磁の人-』(6月公開予定)である。
『マイウェイ-』はカン・ジェギュ監督の韓国映画、『道-』は高橋伴明監督による日本映画であるが、くしくも、両作品とも日本の植民地時代の韓国で出会った日韓ふたりの青年の友情の物語となっている。
前者はオダギリジョーとチャン・ドンゴン、後者では吉沢悠とペ・スビンが演じる主人公たちが、時代の波にもまれながらも互いに血と汗にまみれ、地を這いながら、支配者と非支配者の関係を乗り越えた先に辿り着こうと懸命に生きる、文字通り体当たりの演技で見せる大作である。

戦後66年間、植民地時代を描く映画は日韓の歴史的な総括が必要とされること、また民族的な感情への配慮ゆえに、少なくても日本の商業映画では製作されることはなかった。
この二つの映画が、一方的な立場に立つプロパガンダとしてではなく、日韓をはじめとする世界のマーケットでの商業作品として製作され公開されることは、日本人と韓国人それぞれの成熟と考えるべきなのか、一握りの熱い思いの製作者の発露と見るのか、時代のニーズととらえるのか、いずれにしても、歴史の節目に刻まれる″歴史的映画″になるにちがいないと確信する。
両作品に共通している最大のテーマは、民族を超えた「志」の継承である。過去の忌まわしい歴史と記憶を学び直し、これまで双方にあった対立と断絶の軸から、愛憎を受容しながらも、とにかく相対し、ぶつけ合いをして、互いを理解しようとする交流の軸への転換を通して、ともに新しい歴史を作っていこうとする意志でもある。

『マイウェイ12,000キロの真実』の息継ぐ間もなく見せるカン・ジェギュの豪腕ぶりと、『道-白磁の人-』の高橋伴明の人間の情熱を静かに語る演出は対照的だが、映画のなかでは人間が生き生きと生きている。
ふたつの映画をあわせてご覧いただければと思う。

 
(2012年1月)



【第77回】『サニー ~永遠の仲間たち』

CJ Entertainment Japan が5月に公開する『サニー~永遠の仲間たち』は、こころ震えるエンターテインメントになっている。
主人公は40代前半の主婦ナミ。ある日、ナミは母の入院先で高校時代の友人チュナと再会する。重病で余命幾ばくもないチュナに女子高時代の仲間を引き会わせようとナミは仲間探しを始める。
彼女たちが女子高校生だった1986年当時と25年後の現在とを交錯させながら描くこの作品は、70~80年代ポップスを全編に使いながら軽快なテンポで運ぶ展開で、韓国で740万人を動員する2011年の大ヒット作になった。
高校時代、彼女たちは「サニー」と名づけた7人のチームで、歌やダンスやライバルチームとの抗争に明け暮れながら輝いた日々を送っていた。
25年後の現在、40歳を過ぎた彼女たちの人生はそれぞれ悲喜こもごもで、いまの韓国社会の女性たちのひとつの縮図となっている(ように見える)。
80年代に高校生だったという設定は秀逸で、おりしも韓国では全斗煥軍事政権下での民主化運動の嵐が吹き荒れていた時代設定である。映画のなかにも学生たちが機動隊と衝突するシーンがあり、彼女たちはそのなかに巻き込まれながらも¨ポップに¨くぐり抜けている。
戦後を必死に生きた彼女たちの親たちの世代でもなく、また社会変革を志す学生でもない、80年代アメリカンポップスとファッションという「愛と希望」に青春を捧げる世代の物語として、群像劇の形をとって、すなわち塊として世代論を提出したことにわたしは新しさを感じる。この世代がいまの韓国の経済や社会の中心軸を形成していることをアピールしたのだと思う。中心軸であるからこそ抱える矛盾も大きい。自らの80年代が甘い夢に満ちていた分、現在はほろにがい現実のなかにいる。有名俳優も出ない、多額の宣伝費もかけないこの映画が韓国で大ヒットした理由もそこにあると思われる。懐かしさとともにそこへの共感が人びとを泣かせたのだろう。
監督は前作『過速スキャンダル』に次いで2作目の若手カン・ヒョンチョル。前作と同様監督自身の世代を描くこの映画は、時代劇や南北の緊張や恋愛や暴力といったこれまでの韓国映画のテーマと一線を画している。
韓国映画の新しい潮流になるかもしれない予感がある


(2012年3月)



【第78回】『LIGHT UP NIPPON』~人びとが動く、ということ~

7月7日に新宿バルト9ほかで公開予定のドキュメンタリー映画『LIGHT UPNIPPON』は、震災から5ヶ月目の昨年8月11日に東北の太平洋沿岸10カ所で同時に花火を打ち上げるイベントを企画した若者たちの密着ドキュメントである。
かれらの無償の行動力と幾多の困難を越えていく意思力が観るものをくぎづけにする。
「LIGHT UP NIPPON」はまた企画そのもののタイトルでもある。震災で東京湾の花火大会が中止と聞いた東京のサラリーマン、高田佳岳(34)が「使わなくなった花火はどうするのだろう」と疑問を持つところから企画は始まった。震災から1ヶ月たったある日、自分たちができることはなにかと考えた30代の男女が高田の元に集まる。
高田は、花火は古来鎮魂と供養のものと考え、復興に立ち向かう被災地の人びとを勇気づけるものでもあると被災地をまわって説得をつづける。手にするのは「LIGHTUP NIPPON」という企画書のみだ。しかし、花火など不謹慎だ、時期尚早だという地元の声に企画はたちまち壁にぶつかる。
そして、資金の壁。10カ所同時に打ち上げる費用は5000万円。被災地や地元の行政に頼らず自らの力で調達しなければならないが、思うように集まらない。
高田たちの行動が観るものを引きつけるのは、それでも明るく、決してあきらめないことだ。どんな困難に直面しても、やり抜こうとする強い意志は失わない。
このドキュメンタリーがすぐれているのは、花火というイベント開催の是非や成否をとらえるものではなく、困難を乗り越えようとするとき、意思だけが人びとを動かすのだということを身を以て示したことにある。それこそが「復興」のキーワードとして観るものにも伝わってくる。だから、やがて地元が動き出した瞬間は、何重にも重なって存在した「困難」という壁がすっと消えて、あたかも当然の成り行きだったかのように見えてくる。 まるでマジックを見るかのようだが、間違いなく、かれらの意思力が人を動かせたのだ。
そして、映画は被災体験者自身の現実的な努力をリアルに語っていく。開催実現の大きな鍵を握ったのは被災地で暮らす若者たちだった。「自分たちのイベント」として捉え直した青年たちは各地域で実行委員会を作り、それぞれの町の商工会議所や行政に働きかけ、大人たちを説得していく。20~30代の青年たちが復興を支える、この姿はとても示唆的だ。
そして8月11日。太平洋沿岸の10カ所で花火は打ち上げられる。被災した町の人びとの笑顔に混じって、かれらの達成感に満ちた姿もある。金も名声も社会的影響力ももたない若者たちの等身大の行動に対応して、時系列に沿って淡々と綴るこの映画のスタイルも成功している。意思を持ちつづけることを愚直に信じる力が問題解決を果たす、そのことを企画者の高田たちと観客が共有できるドキュメンタリーになっている。

企画集団「LIGHT UP NIPPON」と地元の青年たちは、このイベントを10年つづけて
いきたいと考えている。
https://lightupnippon.jp/


(2012年5月)



【第79回】放送文化基金賞

第38回放送文化基金賞贈呈式に、ATPを代表して出席した。テレビドキュメンタリー部門では、プロダクション・エイシアが制作した『NHKスペシャル クニ子おばばと不思議の森』が優秀賞を受賞した。
プロダクション・エイシアはATP加盟社である。ATPの一員として誇りに思うと同時に、制作者として大いに刺激を受けた。
『クニ子おばばと不思議の森』は、宮崎県の秘境ともいえる山間にある椎葉村で、数百年つづけてきた焼き畑農業の最後のひとりとなった椎葉クニ子さん(87歳)の一年を追ったドキュメンタリーである。8月に火入れして森を焼き、タネを播き、ソバ、小豆、大豆を作り収穫する。焼かれた土は炭素が働いて微生物が活躍する格好の土壌となる。毎年場所を移しては木を伐採し、30年たって木が生長するとまた繰り返す。30年周期で山全体を一巡するこの農法は、動物や植物のいのちの循環をもたらし、森の再生にも繋がっていく。
クニ子おばばの生活は昼も夜も森のなかだ。虫や鳥の声を聞き、風を読みながら仕事をする。森のなかにある一本のモミの木、それがおばばの神であり、家の守り神である。
今回の放送文化基金賞のドキュメンタリー部門受賞番組は、震災や原発をテーマにした番組で占められた。そのなかにあって、『クニ子おばばと不思議の森』は、縄文以来の日本人の知恵にしたがう暮らしを描くことで、震災後の日本人のあり方を静かに、しかし強く訴えかける、きわめて「現在」の番組だった。

ATP会員社が放送文化基金賞を受賞するようになったのは、1988年の第14回のドラマ『炎の料理人 北大路魯山人』が最初で、以来今回の『クニ子おばばと不思議の森』まで33の番組や個人が受賞している。
ちなみに、『炎の料理人 北大路魯山人』はわたしが演出を担当した番組だが、この賞を受賞した時のことはいまでも鮮明に憶えている。ATP加盟の製作会社の制作番組としては初受賞とあって、制作・演出陣はもちろん、技術や美術のスタッフが非常に喜んでくれた。受賞作は盾と賞金をいただくのだが、わたしたちはその賞金で盾のレプリカを作り、全スタッフに配ったほどだった。
受賞は大きな励みとなって、その後の番組作りのモチベーションの核になったことは間違いない。と同時に、この賞の「志」の高さと選考委員の洞察の深さによって、制作者にとって時代とともにある放送とは何か、テレビとは何かということをたえず考える指標になっていると思う。
わたしたちATPも今年で第 29 回を迎えるATP賞を毎年開催している。「作り手が選ぶ作り手のための賞」を標榜しているが、今年は広く個人のクリエーターや海外の制作者にも門戸を開いて、制作者の存在価値をアピールしていきたいと考えている。
通信と放送の融合によって映像メディアはますます増大していく、あるいは多様化していくだろう。しかし、良質で力強い中味、コンテンツをつくる制作者がいなければこの産業は廃れる。制作者の拠りどころとなり、また世界のマーケットへの発信拠点としてのATP賞でなければならない。放送文化基金賞贈呈式で受賞した制作者の方々に接して、その思いを強くした。


(2012年7月)



【第80回】『放課後ミッドナイターズ』公開
8月25日、アマゾンラテルナ製作のフルCGアニメ『AFTER SCHOOL MIDNIGHTERS 放課後ミッドナイターズ』が公開される。
監督は竹清仁、脚本は『海猿』の原案者としても知られる小森陽一と竹清仁のオリジナル作品である。
わたしは、これほど縦横無尽な想像力に満ちたアニメを他に知らない。しかも革新的な映像表現のオンパレードとなっている。自信をもってお薦めしたい、一級のエンターテインメントである。
廃校で取り壊しが迫っている小学校。その真夜中の理科室に迷い込んだ3人の幼稚園児と廃棄処分になった人体模型のキュンストレーキ(声:山寺宏一)と骨格標本のゴス(声:田口浩正)が繰り広げる冒険ファンタジーである。
物語はご覧になってのお楽しみだが、なんと言っても展開の天衣無縫さ、爆発的な発想力はおそらくすべての制作者に強烈な刺激を与えるに違いないと思う。
監督の竹清仁も脚本の小森陽一も福岡在住のクリエーターである。個人のもつ才能という要素をいちばんに認めた上で、この作品はもしかして東京の製作システムにどっぷり浸かったなかからは生みだされなかったのかもしれない。そう思うと、これはまぎれもなく福岡発の作品といっていい。同時にとてもグローバルな感覚にあふれている。
福岡は東京よりもアジアを見ている。言い過ぎかもしれないが、最近アジア8カ国のドラマ制作者が福岡に集まっての国際共同製作の会議「アジアドラマカンファレンス」に参加したわたしの実感である。アジアの制作者のロケ地としての九州への関心は高く、また会議を積極的にサポートした福岡の行政と産業界は、映像交流を通してアジアの産業振興に並々ならぬ熱意を示していることもその理由である。

この映画は、日本と韓国、香港、台湾、シンガポールでの同時公開が決定している。
アジアの観客を楽しませることは確信できる。それにとどまらず、国境を越えて刺激を受けたクリエーターたちが一斉蜂起して、ハリウッドに対抗するエンターテインメントが続々と生まれていくことを、わたしは願っている

(2012年8月)
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